姑は嫁の年長の友だち

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それにつけても、嫁に姑のことを『お母さん』と呼ばせることが、そもそも無理な感じがします。この呼び方が双方に与える感情上の無理あるいは錯覚が、両者間のトラブルの遠因になりそうな気がするのです。かんたんに、「私の義理のお母さん」とか、「私の夫のお母さん」とかいうふうに呼び得たとしたら、私はいいんじゃないかと思うのです。言葉の問題はむずかしくデリケートです。それだけに、これはまじめに新しく考えてほしいのです。とにかく、姑は嫁の年長の友だちになればいいのだ、と思います。ただあくまで年長の友であって、『経験の上での先輩』というふうに考えないことです。私の書いたことは冷たすぎたでしょうか。冷た過ぎたとは思いません。喧嘩し、閲突し、明けてもくれてもニラミ合うよりは、始めから理性的に割りきって考えたほうがいいと思うのです。姑は嫁の立場に立って考えてやらねばいけないlよくこういうふうにいわれます。しかし、現実にこのことは、それほどやさしいことではありません。むしろ、私は世の中の姑さんたちにこう希望したいのです。息子が嫁を迎えたら、もういちどあなたの青春時代を回想してください。嫁のすることなすことを年長者の立場から考えないで、できるだけ若い人の感情で考えてやってほしいのです。それから時代が変っているということも忘れないでいただきたいのです。「私の若かったころはl」これは年寄の大へん好きな枕言葉ですが、これをやめていただきたいのです。昔はタクァンが一本二銭だったlこんなことを、あらためて考えてみたところで何にもならないじゃありませんか。昔ぱなしは、心の中にしまっておいていただけばよろしいのです。つまり、あなたの過去の経験で、嫁の生活を考えようとしないことです。出会いはここにいくらでもあるけど、出会った人といつまでも仲良くいられるかはあなた次第です。

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